2009年08月06日

なぜ新見で「たたら」操業を?

岡山県の北西部に位置する新見市はその昔荘園でした。その新見庄は備中国北部、新見市西方付近から新見市千屋(ちや)、神郷町高瀬に広がる大きな荘園でした。
 平安時代の末期の十二世紀後半、平安 時代末期に最勝光院領として成立。新見の地に荘園が開発されました。新見庄は、その後何度もの変遷を経て、鎌倉時代の末期、後醍醐天皇により京都の寺(教王護国寺)へ寄進され、以後十六世紀の後半に消滅するまで中世の時代に240年間にわたり東寺領荘園として存続しました。
 現在備中国新見庄たたら学習実行委員会が新見市教育委員会の管轄の下組織され、操業を備中国新見庄たたら伝承会が実施しています。地域の活性化と歴史文化の伝統を守ろうと多くの一般の方のご協力を頂いて、毎年秋に「中世たたら」の操業を行っています。
posted by たたらの番人 at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 備中国新見庄と「たたら」